就労継続支援A型・B型って?~楽しくていいんです~

就労継続支援A型・B型って?~楽しくていいんです~

就労継続支援A型・B型についてどちらも利用経験がある自分が通ってみた体験や感じたことなどをお話したいと思います。

出会いは「偶然」だった

出会いは「偶然」だった

私は中学生のころうつ病を発症、中学3年生のとき病名を診断されました。
同時に謎の体力低下があり、加えて人見知りでほとんど学校に行けず、家でもほとんどの日を横になっていました(毎日毎日、部屋の窓を見ていました)。
17、8歳のころフリースクールに通ったのですが、そこも半ば親に強制的に連れていかれた感じで体調はだるくてたまらず、人とは話ができない。15~18歳くらいの記憶は今でも不鮮明です。
まあなんというか「不登校&ひきこもり」だったわけです。

で、とある事情があってフリースクールも辞め、19才のころにその当時通っていた病院で就労継続支援B型の作業所(事業所)を紹介されました。
そのB型事業所は小さいパン屋でした。

そのころ自分は「就労継続支援」という言葉も「B型」という言葉ももしかしたら医師から言われていたかもしれませんが、記憶にありません。
ただ、「うち(病院)でこういう作業ができるパン屋やってるけど、行ってみませんか」と言われたから行ってみたのです。

もし、その病院がそういう作業所をやっておらず、紹介されなかったら自分は今もひきこもりだったかもしれません。

ぜひそういう場所があるということをもっと多くの人に知ってほしいと思います。

一般就労までこぎつけたものの逆戻り

一般就労までこぎつけたものの逆戻り

その就労継続支援B型事業所によって劇的に自分の人生が変化しひきこもり脱出し、人とも徐々に話せるようになりました(どうやって脱出できたのか話すと長いので今回は割愛します)。

20代のころは一般就労ができるようになり、いくつかバイトをしました。が、体調が不安定になったりして30歳になったころはもう到底一般就労ができる状態になく、またB型事業所を探して通い始めることになりました。

事業所は良いところを選ぶ

事業所は良いところを選ぶ

そしてB型事業所をいくつか、数年後もっと一般就労に近づきたいとA型作業所をいくつか転々とし、現在メジャーサポートサービスというA型作業所に落ちついています。

ここからはあまり書きたくないのですが、就労継続支援の事業所は玉石混交…だったのがかなり大変でした。
良いところもたくさんあれば、

・責任者や担当者がだれかわからない、またはほぼ不在、または利用者をほぼ放置、職員に相談しようとしてもできない、だれに相談したらいいかわからない、相談しても親身になってくれない
・「居場所を作ってやっているんだ」みたいな上から目線やパワハラまがいの態度(大声で怒鳴られる、人前で大声で説教される、体調が悪いと言っているのに「怠けている」ときつく叱責される)

というようなもう最悪なA型・B型事業所もいくつかありました。(ネグレクトorパワハラ⁈)
就労継続支援の事業所に通っている方々の中にはそういう理不尽な目にあっても、
「せっかく雇ってもらっているのだから」
「自分は障がいがあって仕事を選べない立場だから」
と思っている方もいるかもしれませんが、良心的な事業所はほかにあるはずです。
毎日が苦痛といった事業所にムリして行く必要はありません。別の事業所に転職を勧めます(というか自分はそうしました)。

事業所の質が同じように良くなってほしいものですが、その「質」はほぼそこの人任せという現実があり、いつ良くなるかはわかりません。
ですから、今のところ「ここは自分の望んでいるところではない」と感じたら転職しか方法がないのは残念なところです。

自分の「幸せ」をつかむ手助けをしてくれた事業所

自分の「幸せ」をつかむ手助けをしてくれた事業所

発症から20年以上過ぎましたが、治ってはいません。自分はなにぶん豆腐メンタル…いろいろつまらんことでくじけるという困った性格です。
でも今こそ幸せがわかってきて、それをつかむ方法がわかってきたような気がします。
※あくまでも私の場合ですが・・・

自分は病気の「寛解(かんかい)」を目指しています。この言葉は多くの闘病が長い精神病患者などが使ったりします(精神だけでなく、長く患っている方が使ったりします)。

私は30代始めに精神障がい2級と判断を受け、障がい手帳を持ち、障がい年金を受けました。「寛解」とは治らなくてもどうにか自分で症状を抑え軽くする努力をし、その病気と一生付き合っていくことを目指すことです。

たぶん生きているうちに自分の病気からは逃れられないと。
自分の病気の原因は母娘の関係がありました。しかしその母の生まれた環境に問題があり、そう考えるとたぶんその母の両親もその祖先もあまり良い家庭でなかったという「負の連鎖」があったと思います。これも話すと長くなるので割愛します(笑)

でも今大事なことは、過去がどうだろうと、今私が幸せを感じていることです。

たしかによくない事業所にも当たりましたが、良い就労継続支援の事業所A型・B型事業所に出会ったことが私を変えました。
私を幸せに導いたのは、「人との交流」でした。

あるB型事業所では、農作業したり、花を植えたり、昼ご飯をみんなで作ったりしました。おにぎりも、チャンプルーも、沖縄そば、お味噌汁、かき氷、ケーキ。そしてみんなゆんたく(おしゃべり)三昧。毎日そんな楽しくていいんですねー。

今のA型事業所では、受注した記事を書いています。今まで知らなかったことを知ることも楽しいですし…
一番の衝撃は、自分は作文が得意だと思っていたけれど、文章が得意な人たちがもっとこの事業所にいることです!
まさに「井の中の蛙」だった自分を覚醒させてくれたことですかね(笑)今毎日笑っています。
毎日笑ってていいんですねー。
毎日楽しかったり、笑ったりしていいんですねー。
それが私の就労継続支援の事業所に通って得た最大の収穫ではないのかなと思います。
楽しいのは「訓練中という特殊な環境の特別な過程」の中にあるとお思いですか?
私の場合は違います。就労継続支援の事業所の中で心の底から楽しいことはなにも考えずに楽しんでいいということを初めて学んだ場所なのです。

学んだとき、私は過去をひきずらずに、
自分で新しい楽しい生き方を作りだせる
とわかったのです。

ときどき困難に出会ってもまた就労継続支援の事業所を新しく探しだし、社会とのつながりをあきらめなことがその結果になったと思います。
「楽しくていいの?」
「笑っててもいいの?」
「いーんです」(某沖縄出身芸能人のように)

まとめ

就労継続支援の事業所A型・B型の存在はだんだん周知されつつあります

20年ほど前に比べたら就労継続支援の事業所A型・B型の存在はだんだん周知されつつありますが、今まで一般で就労していた方が「障がい者の働くところ」に行くことに抵抗があったり(本人だけではなく、親兄弟なども「そんなところで働く必要はない。治ったらまた前の仕事ができるから」という人もいます)、そもそもこのような事業所の存在を知らない人も多いです。

しかし、離職してしばらく間が空いたところからすぐ一般の職に就くのは大変でもあります。一歩一歩階段を上ってステップアップするように、一般の職に就く前に事業所A型・B型を利用すれば、自分の体調などの調整ができたり、職員に相談したり(病気や生活、役所の手続きなどいろいろ相談してくれたりします)するときっともっと楽になるのではないでしょうか。

「就労継続支援A型・B型」を初めて知った方にはぜひネットなどでもっと調べて知ってもらえたらな、と思います。

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