障害者がノーマライゼーションについて調べてみた

障害者がノーマライゼーションについて調べてみた

ノーマライゼーションという言葉がイマイチよくわからないので調べてみました。

また、障害者としてこれを調べてみてどう感じたかについても書いています。

バリアフリーのイメージ

ノーマライゼーションとは

これは、障害を持っていたとしても一般の人たちと同じように社会の中で生活できるようにしようという考え方を表す言葉なんだそうです。

 

施設に隔離したり特別な生活を強いたりするのではないということですね。

 

英語で書くとnormalizationで、normalは普通とか正常とか標準といった意味、-izationには○○化するという意味があります。

 

ですので、直訳すると「普通にする」とか「正常化する」といった意味になりますが、ここで重要なのは障害者のほうを普通にしたり正常化したりするという考え方ではないということです。

 

そうではなくて、障害者が特別な努力や苦労をすることなくありのままの姿で一般の人たちと同じような生活、つまり普通に生活ができるように環境のほうを整えようという考え方がノーマライゼーションなのです。

 

このノーマライゼーションはいまから70年ほど前にデンマークで生まれた言葉で、当時非人道的な扱いをされていた知的障害者に対して一般の人たちと同じような生活を提供すべきであるという考えに基づいて提唱されました。

 

現在では、障害者のみならずあらゆるマイノリティ(社会的少数者)に対してもこの考え方が適用されるようになってきています。

 

ノーマライゼーションとバリアフリー

バリアフリーを英語で書くとbarrier freeです。

 

barrierは障壁とか障害、freeは自由とか除去するという意味がありますので、直訳すると「障壁を取り除く」といった意味になります。

 

この言葉は1960年代にヨーロッパやアメリカ在住の建築家が使い始めたもので、現在では障害者や高齢者といった人たちが社会で生活していく上でバリアとなるものをなくしていくという意味で用いられています。

 

ちなみにバリアとは物理的なものだけでなく、制度的・文化的・情報的・意識的なバリアのことも指しているのだそうです。

 

このように見てみると、ノーマライゼーションを実現するための具体的な作戦の中に、バリアフリーがあるということのようですね。

 

障害者がノーマライゼーションについて調べてみて感じたこと

ここまで調べてみて、障害者として少し気を付けておかなければならない点があると感じましたのでそれも記しておきます。

 

ありのままといっても・・・

障害者がありのままの姿で一般の人たちと同じような生活を送れるようにするということなのですが、個人的にはこの「ありのまま」という言葉をどう受け取るかが大事であるように感じます。

 

「ありのまま」というのは「何の努力もしてなくていい」というふうに捉えられることもある言葉だからです。

 

障害のない人であっても、社会に適応するためには意識しているかどうかに関わらず何らかの努力は行っているはずですよね。

 

これは障害者であっても同じことでしょう。

 

もちろん、障害のためにできないことはあります。

 

それは仕方ありません。

 

でも、できることがあるならば、それはしっかりとやっていく

 

障害者であろうがなかろうが、これが本来の「ありのまま」ではないでしょうか。

 

ここのところを取り違えて「ありのまま」=「何の努力もしなくていい、当然の権利」というふうに捉えてしまうと、自分で自分の首を絞めることにもなってしまうかもしれません。

 

自分のできることもせず、声高に権利だけを主張するようなことだけにはならないようにしたいと思うのです。

 

差別とは戦わないほうが・・・

ノーマライゼーションを実現するためには、環境面の整備だけでなく、障害者やマイノリティに対する差別をなくしていくことも大事なんだそうです。

 

これも個人的な考えですが、差別に対処する上で大切なことは「戦わない」ということであると思います。

 

差別というのはいわば「攻撃」のようなものですよね。

 

では、それに対して「差別だ!差別だ!」と厳しく追及する行為は何でしょうか?

 

これは「反撃」、すなわちこれも「攻撃」ですよね。

 

攻撃に対して攻撃で対処する、これでは差別する側と同じことになってしまいます。

 

もちろん、差別をやめるように話をすることはあってもいいかもしれません。

 

しかし、それに相手が応じないからといってこちらもヒートアップしてしまっては、同じ穴のムジナです。

 

人を変えることは容易ではありません。

 

それに、そのような権利もないはずです。

 

話をしてわかってもらえない場合は、それを受け入れるしかありません。

 

受け入れることもできないのであれば、あとは離れることです。

 

完全に離れることが難しくてもできるだけ接点を少なくし、関わりにならないようにする。

 

同じ穴のムジナになって戦うくらいなら、こちらのほうが理性的であり平和的ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

 

最後に

私自身、障害者として色々な制度や設備のお世話になったり、あるいは配慮をしていただいたりすることが多々あります。

 

これを当たり前のこと・当然の権利と考えるのと、ありがたいことと思うのとでは何よりも自分自身に対する影響が大きく違ってきます。

 

前者のように考えるのであれば批判や不満、文句の種が尽きないでしょうし、後者のように考えることができるのであれば感謝の念が湧き出てきて幸せな気持ちになることができます。

 

幸い、私自身は後者のように感じることが多いです。

 

このように感じられることもまたありがたいことです。

 

実際問題、さまざまな批判があるのかもしれませんが、私自身は日本の障害者福祉はかなり充実しているほうなのではないかと思っています。

 

本当に色々とありがたいと思えること、感謝できることが多いからです。

 

その意味で言えば、日本のノーマライゼーションはかなり進んでいるほうと言えるのではないでしょうか。

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